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大阪高等裁判所 昭和63年(う)1063号 判決 1989年2月28日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の刑に算入する。

理由

第一  控訴趣意に対する判断

本件控訴の趣意は、弁護人鍋島友三郎作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原判決の量刑不当を主張するものである。そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して案ずるに、本件は、若い女性を誘惑して性交しようとした被告人が、少年一名と共に自動車を運転して各地を徘徊中、ゆきずりに当時一五歳と一七歳の二名の女性を発見し、声をかけてみたもののこれを無視されたため、右少年と共謀の上、同女らを自動車内に監禁しようと企て、「早よ乗れ。山に埋めたろか。」などと言ったり、手を引っ張り、脇腹に手をかけたりなどした上、石を投げたり、木刀を振り上げるなどして脅迫し、同女らを無理矢理自動車に乗せ、途中、喫茶店に立ち寄ったり、同女らが逃げ出したため追いかけて連れ戻すなどしたものの、約二時間にわたり、合計約八・五キロメートルの道程を、自動車を疾走させるなどして、同女らの脱出を不可能または著しく困難にして監禁したという事案及び上記少年の自宅において、自己の身体及び同少年と共謀の上同少年の身体に覚せい剤の水溶液を各一回注射して使用し、その後、覚せい剤結晶〇・三二七グラムを所持していた、という事案であって、これら犯行の罪質、動機、態様、犯行の回数、被告人の経歴、前科など、とりわけ、監禁の事案は、妻子のある身でありながら、いまだ若年の二名の女性を、姦淫の意図で、長時間にわたり自動車内に監禁して連れ歩いたものであって、犯行の動機・態様は悪質であり、被害者に与えた影響も大きいこと、覚せい剤の事案は、本件の約九か月前にその使用を始めたものであって、使用歴は比較的に短いとはいえ、すでに覚せい剤に対する親和性もうかがえる上、少年に注射をしてやるなどその態様は悪質であること、しかも、これらの犯行が前刑(昭和六〇年一二月二〇日枚方簡易裁判所において、窃盗罪により懲役一年二月・三年間刑執行猶予に処せられている。)の執行猶予期間中に反省することなく繰り返されたものであること、その他、記録に表れた諸般の事情に徴すると、被告人の犯情には軽視を許されないものがあるというべきであって、被告人が反省をしていること、その他、被告人の少年時の不遇な環境、家庭の状況など酌むべき事情を十分しんしゃくしても、被告人を懲役一年六月に処した原判決の刑は相当であって、重過ぎることはないと思料される。論旨は理由がない。

第二  職権による判断

被告人は、当審公判廷において、原裁判所は、当初被告人に対して「懲役一年」の刑を言渡しておきながら、その後三〇分くらいして被告人を再び法廷に呼び出し、「懲役一年六月」である旨判決の言い直しをしたが、このような原裁判所の措置には納得がゆかず、被告人に対し言渡された刑は「懲役一年」とされるべきである、と述べている。

そこで、被告人の右供述にかんがみ、原裁判所が被告人に対して言渡した刑について職権により検討するのに、当審で取り調べた証人北田昭夫の証言、被告人の供述、大阪地方検察庁公判部検事矢部善朗作成の報告書、大阪拘置所長新海眞澄作成の捜査関係事項について(回答)と題する書面によると、次のような事実が認められる。すなわち、被告人に対する原審の判決宣告期日は、昭和六三年九月二〇日午後一時九分に開廷されたが、判決の宣告に先立ち、職権により弁論が再開され、起訴状記載の公訴事実第一の事実(監禁の事実)について訴因変更等の手続きが行われており、その後再び弁論が終結され、引き続いて判決が言渡されたこと、判決の言渡しに際し原審裁判官は、まず、主文を朗読したが、その内容は「被告人を懲役一年六月に処する。」未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。押収してあるポリ袋入り覚せい剤白色結晶二袋(昭和六三年押第六一二号の一の一及び二)を没収する。」というものであって、原判決書に記載のものと同一の内容であったこと、その後、引き続いて「罪となるべき事実」、「証拠の標目」、「法令の適用」の順序で判決理由を告げたが、「法令の適用」の部分を告げた際、相当法条を適用した結果「被告人を懲役一年六月に処する。」旨繰り返し述べたこと、次いで、被告人に対する訓戒が行われたところ、訓戒中に被告人に対する刑期に触れた際、「懲役一年六月」と言うべきところを「懲役一年」と言い誤ってしまったこと、当日の判決の言渡しに立ち会った裁判所書記官、検察官、弁護人の他、被告人の戒護のため出廷していた拘置所職員らは、いずれも、被告人に対して言渡された刑は「懲役一年六月」である旨了知しており、その場で右言い誤りについて指摘されるなどのことはなく、判決言渡し手続が終了して被告人は退廷したが、その後、裁判所仮監に還房した被告人が、仮監担当職員に対し「判決は一年や。」と申し立て、同職員が出廷係職員から報告を受けた「懲役一年六月・未決通算五〇日」というのと食い違ったため、出廷係長において、被告人の右申し立て内容を法廷に連絡したこと、このことを知った原審裁判官は、別事件の審理終了後に法廷において、原判決の言渡しに立ち会った裁判所書記官、検察官の他、実務修習のため傍聴していた司法修習生三名に対し、被告人に対する判決宣告中に「懲役一年」と言ったかどうか質問したところ、司法修習生のうち一名を除く他の者は、「懲役一年」と言った記憶はないと答えたが、修習生一名が「最後の訓戒の際、『懲役一年』と言われたことをはっきり覚えている。」と答えたこと、そこで、原審裁判官は、被告人を同日午後二時一八分ころ再度法廷に出頭させ、被告人に対し「私は『懲役一年六月』と言ったつもりですが、『懲役一年』と聞いた人があるようですので、念のため確認します。」と前置きした後、被告人の刑は「懲役一年六月」である旨述べたこと、以上の事実が認められる。

これに対し被告人は、当審公判廷において、冒頭における主文の朗読の際に「懲役一年」と聞いた旨、前記認定に反する供述をしているが、この供述は、前記認定に沿う証人北田昭夫の証言及び矢部検事作成の報告書などに照らし採用し難い。

前記認定のように、原判決の言渡しに際し原審裁判官は、被告人に対し、1 主文の朗読の際、2 理由中の法令の適用を告げている際、3 訓戒の際、以上の合計三回にわたり刑を告げているのであるが、そのうち、最後の訓戒の段階におけるものにつき言い誤ったことが認められる。ところで、刑事訴訟法は、被告事件について犯罪の証明があったときは、判決で刑の言渡しをしなければならないこと(三三三条一項)、刑の言渡しをするには、罪となるべき事実、証拠の標目、法令の適用を示さなければならないこと(三三五条一項)、判決は、公判廷において宣告により告知すべきこと(三四二条)を規定しており、また、同規則は、判決の宣告をするには、主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げなければならないこと(三五条二項)、裁判長は、判決の宣告をした後、被告人に対し、その将来について適当な訓戒をすることができること(二二一条)を規定している。そして、訓戒については、その性質上、判決の宣告をする裁判長であれば、事件の審判に関与しなかった場合であっても、これをすることができると解されている(最高裁判所第二小法廷昭和四七年四月五日決定・刑事裁判集一八四号三頁参照)。

これらの規定及び解釈によると、判決は、主文及び理由からなっており、法令の適用は、判決理由に当たるが、訓戒は、判決とは別個のもので、判決の宣告に付随する処置に過ぎないものとみることができる。したがって、主文の朗読の際に告げられた刑と理由を告知する際に告げられた刑とが異なっている場合には、判決中に異なった二つの刑が存在し、宣告された刑がいずれであるか不明確であるという意味で、判決内容に重大な瑕疵があることになり、理由そごにあたる(刑事訴訟法三七八条四号)というべきであるが、主文朗読の際に告げられた刑と訓戒中に述べられた刑とが異なっていたとしても、判決内容として矛盾する刑が存在するわけではなく、あくまでも、主文朗読の際に告げられた刑が言渡されたものと解するのが相当である。

本件においては、前記認定のとおり、原審裁判官において、判決言渡しに際し判決の主文として「被告人を懲役一年六月に処す。」旨を明確に告げている上、法令の適用を告げた際においても、被告人に対する刑が「懲役一年六月」である旨重ねて告げているのであるから、原判決内容としての被告人に対する刑が「懲役一年六月」であることは明確にされていたものと言うべく、その後の訓戒の段階において、「懲役一年」と言い誤って述べたことは、被告人に対し誤解を与えたとの意味で適切でなかったことはもとよりではあるが、それは被告人に対して言渡された刑になんら影響を及ぼすものではなく、被告人に対する刑は「懲役一年六月」と認むべきである。もっとも、判決主文の内容であっても、判決宣告手続きの終了前においては、これを変更することは可能と解されているので、訓戒の段階であっても、主文の刑を変更することは可能であるが、主文の刑を変更して別の言い直しをしたと解し得るためには、前に述べた刑を変更する趣旨を明確にして、再度主文の朗読をし直す等の手続きが必要であって、これらが行なわれた形跡のない本件においては、「懲役一年六月」の刑が「懲役一年」に言い直されたとみることもできない。被告人の主張は結局において採用することができない。

よって、刑事訴訟法三九六条、刑法二一条、刑事訴訟法一八一条一項但し書により、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 吉田治正 裁判官 岡 次郎 裁判官 一之瀬健)

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